【テーマ】年月の流れと結果
1月24日、日本武道館で行われた沢田研二のコンサートに行って参りました。
ゲストとしてタイガースの旧メンバーが参加し、日本武道館は1万3千人のファンで全席が埋め尽くされました。
今から41年前の1月24日、タイガースは同じ会場で解散コンサートを行い、それぞれの人生を歩み始めました。
当時私は17歳の高校生、熱狂的なジュリーファンでした。
タイガースのデビュー当初より、熱病にでも侵されたが如く寝ても覚めてもジュリーが私の中に溢れていました。
しかしながら、大学生になり社会人になり、興味の対象が偶像から実像へと移行し、いつしかジュリーは私の心の中から消えていました。
そして月日が流れ3年ほど前、ふとしたきっかけで観たNHK「SONGS」にて、60歳の沢田研二に遭遇しました。60歳のジュリーに昔の貴公子のような面影はなく、お腹ぽっこり、お顔はむくみ、かなりのショックを受けましたが、歌声は以前にも増して素晴らしいものでした。
ゲストとして出演していた旧メンバーとのトークの内容に心を打たれ、安らぎを感じました。
40年間の沢田研二の生き方がその歌声、その会話からわかるような気がいたしました。
若かりし日の沢田研二は、絶大な人気を誇り、数々の賞を受賞し、常にトップを走りながら、いつも孤独の影が漂っていました。でも60歳のジュリーは歌声に益々磨きがかかり、心の余裕と人生の年輪とを感じさせてくれました。
番組の中で、解散後教師となり再会を拒否し続けてきた旧メンバー、瞳みのるに捧げる歌を歌い、その歌を聴いた知人が瞳みのるに告げ、感動的な再会となり、今回の舞台となったそうです。
またもう一人の旧メンバー、岸部シローは脳梗塞の後遺症で歩行も困難ではありますが、メンバーに支えられ舞台に立ちました。会話も途切れ途切れではありますが、ゆっくり語り、ビージーズの「若葉のころ」をか弱い声ながら感動的に歌い上げました。
「ステージに立てたのはジュリーのおかげ・・・」との感謝の言葉と涙に、感動の渦が広がりました。
解散後の沢田研二の楽曲は1曲も演奏することなく、すべてタイガースの楽曲、そして
40年前のステージの定番であった懐かしいローリングストーンズ、ビートルズの曲でした。
観客のほとんどは、シルバー世代、杖を持った人や車椅子に乗った人もおりました。
それぞれの人々がそれぞれの思いでタイガースの舞台に感動し、明日への活力を養ったことと思います。
63歳の沢田研二を見て、感じたこと。
人は年を重ね、優しくなれる、強くなれる、そして賢くなれる。
私自身も、そうありたいと強く感じた「素晴らしい夢のひととき」でした。
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総務・経理担当
宮田智子
マインズをこよなく愛し、マインズの良きお母さんを目指しています。
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by マインズ at 08:22
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